岡山県最北部に位置し、鳥取県に接する真庭市の蒜山高原は、年間200万人を超える観光客は訪れる、雄大な高原地帯です。その一隅にある郷原という集落は「郷原漆器」と呼ばれる普段使いの漆器産地でした。伝承によれば、郷原漆器の始まりは明徳年間(1390~1394年)と言われております。元禄時代の古文書には「郷原という地名は西茅部村にあり、住む人は皆漆器を作って売っている」との事が書かれており、江戸時代の記録には年間に40万点を生産していたことが書き残されております。作られた郷原漆器の70~80%が山陰地方に出荷され、美しくて丈夫で安価なことから、「郷原輪島」とも呼ばれ、普段使いの器として広く用いられていました。しかし、昭和の代に入り不幸な戦争の勃発による人手不足と、漆が統制品になり入手困難になったことも重なり、昭和20年の終戦を境に生産は途絶えてしまいました。